ひとこぶラクダのパッケージ
 
キャメルの広告史を語る際に忘れてはならないのが、あのひとこぶラクダのパッケージです。
タバコ人気に火がつきだした1880年代、タバコのパッケージにオリエンタルなモチーフを描くことが流行しました。
キャメルも当然その波に乗り、オリエンタリズムを目指しました。この頃キャメルを含めたタバコメーカーが好んだ「オリエンタル」とは、エジプト色の強いものでした。エジプトという国そのものはタバコの生産国としては決して大きくはなかったものの、エジプトはタバコが東洋から西洋に流れていく中でちょうど掛け橋となる地だったからです。
こうしてオリエンタル(エジプト)をパッケージのテーマに決めたR,J,レイノルズ社は、様々なモチーフを検討した結果、名前も覚えやすく親しみやすい「キャメル」を選択することになったのです。
後に残された唯一の課題はラクダという動物をどう描くかということ。
実は当時の担当デザイナーがラクダを見たことがなかったため、最初に描かれたパッケージデザインは散々なものでした。やはりどうしても本物のラクダを用意しなくては話にならなかったわけです。
 
タバコを吸う女性。アメリカのオリエンタリズムが
あふれるポスター。紙にリトグラフ、1880年頃。
象形文字といい、図柄のパターンといい、
格調高いスタインへーマーのパッケージ。
エジプト風の美しいパッケージ。
おそらくはサロニケで製造され、
プリュッセルで売られていたもの。
1873年創業のキリアジのパッケージ。
エジプトの絵柄繊細に描かれている。
オリエンタリズムを打ち出した
アメリカ製タバコの代表格、ムラド
トルコの葉タバコを原料とするオスマン。キャッチフレーズは
"A cigarette for the knowing ones"(通好みのタバコ)。
R.J.レイノルズは1913年、レッドキャメルと同時に発売した。
 
幸いなことにチャンスは訪れました。
1913年9月、町にバーナム&ベイリーサーカスがやってきたのです。
「本物のラクダ」を探し求めていたR.J.レイノルズ社のロイ.C.ハバーケンは、噂を聞きつけるとさっそくカメラマンを連れてサーカスを訪れました。ラクダいることを確認したハバーケンは、サーカスの調教師パターソンにラクダの撮影を申込みました。
ところが調教師は頑として首をたてには振ってくれません。それでもハバーケンは少しも動じることなく、調教師に提案を切り出しました。
「R.J.レイノルズ社の工場を一日閉めて、工場の労働者全員がサーカスを見に行けるようにしようではないか」。この一言で、ハバーケンはいとも簡単にラクダの撮影許可とりつけたのです。
パターソン調教師が出した唯一の条件は、サーカスの名前を絶対に出さないということでした。余談ですが、パターソンの気が変わらない内にと慌てて社長の承諾をとりに会社に戻ったハバーケンは、あいにく社長が不在だったために、パターソン調教師が出した条件を盛り込んだ契約書をレイノルズに代って作成、署名したという面白いエピソードも残っています。
そしていよいよラクダの撮影です。パターソン調教師はひとこぶラクダとふたこぶラクダを一頭ずつ撮影所に連れてきました。ふたこぶラクダのオールドジョーは反抗的で手綱をぐいぐい引っ張る暴れん坊です。たまりかねたパターソン調教師がオールドジョーの鼻面をひっぱたきました。驚いたオールドジョーが尻尾を高く上げ、耳をピンと立て、目を閉じたその瞬間、カメラのシャッターが切られました。こうして撮影されたラクダをもとに新しいパッケージが生まれ、オールドジョーの姿は一躍世界中に知れ渡ることになったのです。
 
キャメルを開発していたとき、レッドキャメルの商標がすでにあることに気づいたR.J.レイノルズは、300ドルでその商標を買い取った。
キャメルのイメージを模索していた頃、パーナム&ベイリーサーカスで
撮影されたラクダの写真
キャメルのパッケージとして制作された3つのモデル。
"Blended cigarettes"に代って、
"Turkish&domestic blend cigarettes"が採用された。
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