黄金時代
 
1913年、誕生とともにキャメルの名を一躍広めたのは、タバコ本来の高い品質はもちろん、N,W.アイヤー社による強力な広告キャンペーンによるものでした。キャンペーンは素晴らしい成果をおさめました。1921年には180億本を販売し、アメリカのタバコマーケットを独占。そのわずか3年後の1924年には、310億本を超える販売数を達成したのです。この成功劇の主役は広告でした。
アメリカで広告産業が大発展を遂げていたこの時代に広告会社がもっとも熱心に取り組んでいたのが、シャア争いにしのぎを削るタバコ産業だったのです。
そして第一次世界大戦もまた、タバコ産業の発展に大きく寄与しました。「前線にいる兵士たちにタバコを供給したい」というパーシング米軍最高司令官の要請が、兵士が帰還するまで影響を与え続けたのです。
 
金属板に多色のエナメル、1915年頃。
「私は当然わかっている。なぜならタバコを作っているから。
キャメルほどのタバコはないよ」。
「真にタバコを知る者はキャメルを選ぶ」。
「私が選んだのはキャメルです」。
  「キャメルには甘美がある。その豊かなまろやかさ、そしてその香りに」。
紙にテンペラ、1918年頃。
_ポスター、紙にリトグラフ、1918年頃。
 
 
第一次世界大戦後、キャメルの広告は急激な変化を遂げていきました。これまでのキャメルが広告で描かれてきたオリエンタルなイメージは、1920年代末にぱったりと姿を消すことになるのです。それは、当時の広告担当者であるマーティン・フランシス・レディング氏、友人とゴルフのプレー中に耳にした印象的な言葉から生まれました。
"I'd walk a maile for a Camel"(キャメルの為なら1マイルでも歩く)
アメリカの広告史において、最も有名なキャッチフレーズの誕生です。そのフレーズは、強さと自信にあふれ何事にも屈しない、逆境を乗り越える力を持ち合わせた多くのアメリカ人の共感を集めました。

1929年の大恐慌を乗り越えることで、アメリカはその強靱さとパワーを世界に印象ずけることになったのです。
 
”I'd walk a mile for a Camel" (キャメルの為なら1マイルでも歩く) 
広告史上もっとも有名なキャッチフレーズのひとつ。
「あらゆる年代、あらゆる境遇の男にとって、キャメルは新しい価値観を生んだ。」
キャメルは名声を得て、もっtも富俗な階層のブランドとなった。
黄金時代、キャメルは誰も口説く必要はなかった。
キャメルを手に入れる夢を見たのは人々だったから。
「愛煙家の視点から見れば、キャメルより高い値段をつけるタバコは認められない」。
1920年代、キャメルがアメリカ人を象徴していた。
1920年代のショールーム
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